第二十一話 源頭を目指し (下)


この渓の主役に踊り出た アマゴに混じり
昔ながらの 見覚えある岩魚が 姿を見せ
始めた サイズはチビばかりで 魚体に
出来るだけ触れぬ様に そっと流れに返し
てはやるのだが 中には力無く横たわる
物も出てしまい もうここらで竿を収める
頃合かと 考え出した其の時 広いが浅い
落込みに 差し出していた竿を重々しい
感触で引ったくった・・・・集中力を欠いて
居た事もあり 向こう合せとなってしまう
慌てて竿をためると  ”グングン!” と
力強い反応を残し引き込んで行くではないか
おっおっおっ” 慌てうろたえて 心許ない
足取りで魚に引かれ走る 水中でグネグネと
身を捩る魚体は 中小型中心となって来た
この谷では 珍しい大型の魚影!

割と呆気なく抵抗を諦めたか 駆け上がりの
際に 浮き上がってきた奴 よし取り込みに
掛かろうかと チョットした石の上で身を屈め
差し出した手の先 岩魚はじろリと此方を
横目で見据えているではないか? なんて
ふてぶてしい面構えなんだ そんな表情に
目を奪われた一瞬 岩魚は身を捩り 再度
激しく抵抗を始める・・・・・・。
此れは一度いなさなければ 立ち上がると
頭上向け 竿を翳した刹那竿先は 頭上へ
覆い被さる枝えと絡み ”ハッ!” として
見上げた瞬間 岩魚は首を捻り 其の姿を
水中へ消した・・・・・・。

気落ちして座り込み 背嚢を下ろして中の
缶ビールを取り出すと 流に放り込んだ
幾つかのアマゴに多めの塩をうち 火に
翳すと 落ち葉の敷き詰められた フワフワ
ベット状の台地に 身を投げ出す。

最奥のアマゴに 息絶えたチビ岩魚

這い上がってきた山肌を見下ろして
たおやかに流下る 大地の血脈岩清水 同じ姿をこの地で 力強く生きて来た先人たちは 一体
どのような想いを浮かべ 眺め見送って居たのだろうか。
冷えた缶ビールを手にすると 一気に喉に流し込み   程好く焼け上がった アマゴの串を掴むと
頭から齧り付き 貪り喰う   野外での料理 味付けは若干濃い目の方が口当たりが良いようで
疲れた身体に 強めの塩が嬉しい!  ・・・・・嗚呼 良い日だ!・・・・・  人間社会の煩わしさから
隔離された世界で 至福の時間を過ごす   そうそう背嚢内には 取って置きのウイスキーが有る
なみなみと注ぐと一息に飲み干し 大の字と成りそそり立つ山肌の先に広がる 青空を眺めた
もうこのまま 時間が止まれば最高なのに
いや今日は 日帰りの予定で野営の装備は
持って来ていない 雨具に包まりゴロ寝も
良いが とにかく先を急がないと・・・・・・・
重い腰を上げる   このまま源流本谷を
直進すると 谷は大きく右へと曲がり一条の
滝と成り 鈴鹿の主尾根へと駆け上がる
其の手前で 疎らに背の低い立ち木が残る
台地に取り付き這い上がると 笹薮が密集
する コバへと出る 其処から登山ルートを
右に進み 良く整備された登山道に出たら
再度コースを右に取り 山頂を超えた後は
駆け下ると 峠の車道は直ぐ其処に成る

今日は少しのんびりし過ぎたようで 手前の
谷を詰め上がり 山頂へと直登するルートを
取る事に決め ガラガラの石を踏み ピーク
向けて登り出し始めた
やがて最後の一滴を落とす岩下で 飲料水
補給を済ませると 谷は其処から急に駆け
上がり出す

山頂部の笹薮に入る (1983)
小休止を交えながら 徐々に高度を稼ぐ 直線距離で1,000b高度差400bと云った所か
二又で一旦右にルートを取り 其の先で楽な左手の尾根に移ると ついに山頂部一面に密集する
笹薮の中にと突入 キツイ藪漕ぎにと成った この地に不慣れな人は ルートを誤りとんでもない
場所へ出てしまったり 何時までも同じ場所を彷徨いかねない  背丈程の笹を掻き分け 向いの
山頂を望み位置を確認 何時終るか知れない藪漕ぎで 遮二無二進むと 突然ポッカリ開けた
空間に跳び出した  荷物を放り出し座り込んだが 同行者はまだ不安そうな固い表情を隠せない
なに この脇にはもう登山道が横切る 水筒の水を煽ると 同行者を促し先を急いだ・・・・・。

主尾根上の登山道へ出ると 遥か眼下の峠道を望む 其の先には鈴鹿の主峰が連なり 工業都市
後方には青黒い伊勢湾が広がる 右手は主峰から幾重にも続く山並みが 迷路のように複雑に
伸び広がっては 奥の深さを感じさせる姿だ    ・・・・・さあ 行こうぜ!・・・・・
急勾配の登山道を 峠の車道目指し駆け下る。

                                                   OOZEKI